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高野寛アコースティックツアー「ブラジルから遠く離れて」

高野寛 アコースティックツアー「ブラジルから遠く離れて」 〜25th Anniversary 2nd season〜  9月15日 札幌2日目 at たべるとくらしの研究所さん に行ってきました。
そこで過ごした時間はまるで夢のようでした。
舞い上がるような歓喜や熱狂という意味の夢ではなくて、たしかにそこに在って、共有した空間のぬくもりさえ感じたのに、思えば夢のようなひとときだった、そんな風に思える今まで体験したことのない不思議なライブでした。
その素晴らしいひとときを何とか言葉でも残しておきたいと思いながら、ひと月経っても、蘇ってくるのは高野さんのギターの音とあたたかい歌声とオレンジ色の灯り。リズムを刻む足音が届くほど小さな空間から、ずっと遠くの空の上にある星までつながるような音の波にたゆたって。和やかに、静謐に、時に熱く、美しい夜でした。

大きな紅葉の庇、ここは森の中…ではありません。
中央区の住宅地にひっそり佇む築80年の古い民家。このカフェこそがライブ会場でした。
高野寛さんときいて私が真っ先に思い浮べるのは高校時代に聴いた「虹の都へ」ですが、今はグリーンダカラちゃん♪のCMソングを歌っている方というのが通じ良いのでしょうか。
つくづく、心惹かれるアーティストや作品との出会いは不思議かつ運命的だと思うのですが、今ようやく糸がつながって、新しいアルバム「TRIO」を聴き始めたのはこの夏のこと。それから懐かしい曲の入ったベストや他のアルバムも夏の間中ずっと聴いてきましたが、まさか地元でライブ(しかもアコースティック!)に行けるなんて!

カフェが会場ということで距離も近いんだろうな、とドキドキしていましたが、実際その場に入ると本当に近い…!ステージもシンプルそのもので、これもうマイク要らない距離では?と感じるほど超アットホームな空間。しかも、庭へ続く背後の窓も開け放たれたまま。ここは普通の住宅地なので向かい側におうちもあれば、道路にトラックも人も通ります。…す、すごい、すごいところに来てしまった…ここで高野さんが歌うのか!と早くも胸が高鳴ります。
開演時間には40名ほどがステージに向かいびっしりと隙間なく座っていたので、どこから出て来てステージに行くんだろうと気になる(まさか庭から?とか 笑)。それにしても上階からドタドタと走りまわる音。カフェの子供さんかな?などと思っているうち開演時間になり、客席の後ろの扉からラフに現れる高野さん。一瞬どこを通ろうか躊躇されていたものの、席の端を颯爽と抜けていく。背が高く、スマートで、素敵。
第一声は「近いな…」でした(笑)
親戚の家に遊びに行ったら居間にセットが置いてあって、そこにふらっと高野寛さんが現れてギターを持って歌い出す、くらいの信じられないほど贅沢な空間でした。ステージにつくやいなや黄緑色のウインドブレーカーを脱ぎ、天井を指さしながら「今、(カフェのご夫妻の)子供たちと遊んでたら着替えるの忘れてそのまま来ちゃった。まぁいいや…このままやろう」と茶目っ気たっぷりにSambaTシャツを披露するナチュラルさがツボりました。遊んでたのね…!
高野さんの奏でるギターの音、飾らない歌声が響けば、空気は一瞬でライブ会場へ。これまでいろんな会場でライブをやってきたけど、こういう古い民家で、しかも窓を開けたままという状況は初めてですと穏やかに笑っていらっしゃいました。そんな独特の雰囲気に合わせて、ゆるやかにライブが始まりました。
けれど狭い家の中、後ろでスタッフと誰かの話し声や遅れてきた人のドアの音、窓から入る外の空気に雑じって車の音や子供たちの声(不思議な音がして振り向くと飲み物をストローでぶくぶくしてたときは思わず夫と顔を見合わせて笑っちゃった)…普通なら雑音になってしまうそれが、不思議なくらい馴染んで歌の一部みたいに聴こえてくる。まるで「(それは)MUSIC」という曲そのもの。すべて包み込むような、とても自然で、あったかい声は、じんわりと胸に反響していきます。この居心地の良さ。目の前の光景なのに夢のようで。場所と歌とが奏であう奇跡でした。
時々話してくれるお話で場はさらに和やかに。
「清志郎さんの決め台詞でよく、今日は俺んちに来たと思って楽しんでってくれ!というのがあるんですけど、今日はそんな感じで」。初めて来たのに、なぜだかずっと前から知っているような、そんな気持ちにさせてくれる高野さんにすっかり魔法をかけられていました。ライブには緊張感もとても大切だけれど、今日の感じはすごくいいね、ともおっしゃっていました。
この日はゲストに札幌で活動しているキッコリーズの皆さんも参加され、6曲ほど一緒に演奏して聴かせてくれました。ヴォーカルのカポウさんは演奏用のこぎり(!)も使うノコギリストだそうで、こののこぎりがテルミンのように何とも言えない不思議な音なのです。きゅうぃ〜〜〜ん、とか、ふにょぉ〜〜みょ〜ん〜〜♪とか、ともすると異次元に連れて行かれそうな音なのですが、これが曲と融合するとあんなに魅力的になるんだなぁと驚き。イルカの声みたいとも思いました。
だんだんと暮れていく空と北国の涼しい秋の風。



終わりの季節」から「夜の海を走って月を見た」を聴いているとき、ふいに涙がこみあげてきて自分でびっくりしました。家でCDを聴いている時は何気なく流れていた曲なのにと動揺しました。まるで身体の奥底に沈んでいたどうにもならない気持ちの結晶が解けていくよう。感情や言葉を超えた何かが、胸の奥からどんどん溢れてしまいました。そのまま続く「確かな光」を聴いていたら、高野さんが歌う言葉のひとつひとつが光の粒子になって、ダイレクトに響いて、震えました。本当に。わなわなと(笑)
たくさんの想いを持って生きる今日を、やり場のない気持ちも、明日への祈りも、誰かを想うことも、全部がそこにあっていいと許されるような。こんな風に穏やかに、そう思えるなんて。
ただ、静かに営まれていく暮らしのなかに、いまこの時に、よろこびも希望もある。


それからもDAKARAちゃんの歌やおさるのナターシャなど楽しい曲あり、「虹の都へ」を会場のみんなで歌ったり、豊かで幸福な時間が過ぎて行きました。最高!!!と言うしか、申し上げようがない演奏と空間。ずっと聴いていたいけれど、そんなわけにも行かず。ぜひ来年は生誕50周年(というかお若い…!)でまた北の都へいらしてくださいませ。この先も続くツアーの成功をお祈りしながら。
終演後は買ったCDにサインをいただけるということで、なんと…!これはまた目が合う距離で音楽を聴くのともまた違う緊張です。というより、そんなサイン会なども経験がないのでぼーっとテンパっていたらあっと言う間に私の番になり、高野さんにCDの蓋開けさせてブックレットを取り出させるという手際の悪さで…すみません(>Д< ;)でも、本当に嬉しかったので今日のお礼だけは伝えたくて両手を差し出すと、高野さんの細くて長い指はぽかぽかしていました。夫に言うと「そりゃあんだけ演奏したら手も熱くなるさ」と。そうか、ずっとこの指が奏でるギターの音に酔いしれていたのでした。震える。


ライブ後は何日も何週間も、まだあの空間と空気が身体の周りをふわふわと漂っていて、いつもの日常も倦怠も憂鬱も吹き飛ばしてくれました。
それでもまた、やるせない出来事や行き場のない感情に空が曇る日は訪れるのだけれど、なかったことにはならなくても、少しだけ忘れたり隠れている太陽を思い出せる歌がいつも心のそばにあります。
軽やかに歌いながら歩いて行きたいと願う。
穏やかな日々を祈る。理想は遠いけれど。
高野寛さんの歌は灯台。遠くから射す希望の光。
迷いそうな暗い夜に、どんなに離れても私はその光を見つけられる気がした。歌は時間も空間も越えるからすごいね。

あちこち次元を飛び越える拙いブログに
拍手ありがとうございます。

                

高野寛
SUNBURST
¥ 3,148
(2014-08-06)

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  • by ciel (しえる)

雨のち晴れ


青空が一瞬見えた午後。
雨がやんでも毎朝、毎日、薄墨の空の下に生きていると、あの青い空は幻だったのかとさえ思えてきた今日この頃でした。
日が射して、ハッとして見上げた空は目が覚めるような青だった。
雲の上にはいつだって青空があると知っていても、人の心は理屈じゃないんだな。やっぱり気分とか何を見るか(見ようとするか)って大事だと思ったりした。
雨の日は雨を受け入れようと聴いていたお気に入りRain Songsはやっぱりまだまだあって、晴れ間に思い出したMr.Childrenの「雨のち晴れ」。
このところ本当に疲れやすくて、やらなきゃいけないことから積極的にやりたいことまで、気持ちばかりでちっとも行動が追いつかない。
特別しくじってるわけじゃないのに、どこか憂鬱。年の功で、そのうち気分も晴れるさなんてうそぶいても、水たまりに落ちる雨粒のように「私、これでいいのかな…」なんて漠然とした不安がランダムに波紋のように広がっていく。そんなときもある。
ミスチルの曲は歌詞に胸が痛くなるものも多くて、でも、あぁつらいつらいって言いながら結局最後の最後にちっちゃくても希望を見つけずにはいられないようなところに惹かれます。
この曲は、まっすぐピュア!な若さでも、世を拗ねていじけきった姿でもない、ちょうどお天気の変わり目みたい。桜井さんのくたびれた歌い方がまた何とも言えなくて、聴けば聴くほどじわじわ来るし、どんなときもがんばらなくちゃ!なんて思わなくてもいいか、と忘れかけていた息継ぎを思い出させてくれる優しい曲だなと思います。いい加減もたまには必要。実際問題、明日は我が両親が家に来るので一斉掃除が必要なのですけどね…!明日になったら接触不良を起こしているやる気スイッチが復活してるかもしれないので、自分を信じてみよう(꒪д꒪)

今週は拍手にずいぶん励まされました。
ぽちっとひと手間をいつもありがとうございます。
                         

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  • by ciel (しえる)

雨の日の音楽

内地の皆さまは暑いのですって?(・ω・ノ)ノ 
蝦夷地の中では比較的温暖な我が街ですが、低気圧が居座り続けて早1週間、エアコン機能が除湿から暖房に逆戻り…言っていい?寒いよ!ガーンネコ
気圧が低いせいか単なる光合成体質のせい(むろん科学的根拠などない)せいか、体調・気分ともにパッとしない日が続く。自分のキャパを踏まえ、抱え込まないようにはしているのですけどね。
自分で管理できるスケジュールもあればそうもいかないものもあり、小さいひとの成長過程に頭を抱えることもあって、あらゆる病気に関して言われる「ストレスを極力ためないように」って、正直無理ですよね(^_-)☆
きっとストレスをなくすというより、そう感じなくなるよう自分を変えちゃう方が速いんだろうな。そうすらすらいくもんじゃありまっせん。
そんな感じのまさに、Rainy days and Mondays always get me down♪

大人になってから、雨の日には不思議な安息を感じるようになりました。
木々の葉から滴る雫、包み込まれて、まるで水のベールにやさしく閉じ込められているようで。それは今の自分が濡れた傘が押し付けられる満員のバスや水撥ねを気にしながら歩いて会社に行ったりすることがないからこその錯覚なのかもしれないけれど。でも、と思う。雨と言うだけで賑やかな公園にもひと気がないし、雨がまるで町中の音を吸い取ってしまったみたいに静か。それだけで心癒されるのは本当です。
好きな曲に雨とつく歌が多いと前にも書いた気がしますが、映像でふと思い出したのは新海誠監督の劇場アニメ「言の葉の庭」。
母子家庭で育ち、靴職人になりたい15歳(高校生)のタカオは、雨の日は学校をサボって通学途中にある都心の公園(にある東屋)でスケッチを書いている。ある雨の日、そこで昼間っからビールを飲んでいる謎めいた女性ユキノに出会うところから、この静かに情熱を雨に閉じ込めた物語は始まります。タカオを入野自由さんが瑞々しく爽やかに、ユキノを花澤香菜さんがしっとりと大人びた雰囲気で好演されています。
新海監督の作品は、とにかく背景が抒情的で圧倒的に美しく、使われる音楽(オリジナルではない曲まで)がまるで作品のために作られたように感じられるシンクロっぷりにやられます。物語に関しては何がどうしたという展開よりも、風景と登場人物の心理が密接に絡んだ細やかな描写から観ている方がそれぞれ好きに感じて、心に映してみるような作品なんじゃないかな、と私は思いました。登場人物に自分を重ねるのではなく、綺麗な文章の小説をイメージ映像化したものを観ているような感覚。行ったことがない雨の新宿御苑に、自分も立って雨を見ているような気がしました。
中でも極めて印象的だったのが秦基博さんが歌うエンディングテーマ「Rain」。どこかで聴いたようで知らない歌で、調べたらこれ大江千里さんのカバーだったのですね。さっそく秦さんのアルバム「言ノ葉」を借りてきました。

音楽は言葉より明確な記憶装置だとは常々思っていましたが、曲の中に詰まっている空気感というのは本当に多彩なものですね。その曲がかかっていた映像はもとより、昔聴いていた曲など当時の自分が抱えていた気持ちまで甘酸っぱいほど思い出せる。一緒にいた人を思い出したり、観ていた景色が蘇ったり、逆に全く知らない物語がたったひとつの歌から生まれたりもする。音楽ってすごいなぁ。
なんだか何も上手く進まない気持ちから急に盛り上がってしまって、気がついたら好きな雨歌ばかり選曲して雨の日CDを作っていました(笑)

・雨音/入野自由
・雨を抱きしめて/井上和彦、子安武人
・雨のステイション/荒井(松任谷)由美
・雨の街を/荒井(松任谷)由美
・雨が降る/坂本真綾 
・雨/森高千里
・雨あがりの朝に/スガシカオ
・雨音/小野大輔
・雨音のRegret [live ver.]/2HEARTS
・雨上がりの夜空に/忌野清志郎 & 仲井戸麗市
・雨の日と月曜日は/Carpenters
・さらさら/スピッツ
・月の雨/セバスチャン・ミカエリス(cv.小野大輔)
・Rain Rain/ 久保田誠人(cv.森川智之)
・Rain/秦基博
・Sanctuary/ 聖川真斗 (cv.鈴村健一)
・雨にぬれても/B.J.トーマス

食べ物も趣味も何でも味見してみる私の好きな曲はジャンルに統一性がありませんけれど、雨つながりというだけで、ざっとこんなにありました。それでも作ってから「SAINT RAIN〜雨に誓って〜」や「優しい雨」忘れた…!って凝りだすとキリがなさそうです。
北海道には梅雨がありませんが(蝦夷梅雨と呼ばれる時期はある)、いかに雨が人の心に作用するかとあらためて知る一日でした。暇だね〜って言わないで(/ω\)笑


ランダムな日々の記録にお付き合い、いつもありがとうございます。
拍手からいただいたコメントのレスは続きに書かせていただきますね☆
                            

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  • by ciel (しえる)

いつかは終わる毎日に

坂本真綾,坂本真綾,鈴木祥子,山本隆二,the band apart,Solaya,江口亮,石塚徹
(2014-02-05)

鈴木祥子さんが作詞作曲した真綾さんの新曲(発売は先月ですが)「SAVED.」がしみじみと胸にくる。いつかは終わる毎日、という言葉に切なくなるほど歩いて、出逢って、世界はこんなにも愛したいものに溢れていることに。

本日もお付き合い、拍手ありがとうございました♪   

                           

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  • by ciel (しえる)

文化の樹を植える。「函館蔦谷書店」という冒険

故郷に蔦谷書店が出来るらしい、との話を知ったのは少し前のこと。
何気なく観た、働く若者にスポットを当て毎回違う人の仕事ぶりを紹介するドキュメンタリー的な番組の中でだった。函館蔦谷書店を作るため東京の本社から派遣され函館に移り住み、地域の人たちとコミニュケーションを取って企画を進めていく若きスタッフがその回の主役だった。えっ?蔦谷書店て、去年上京したとき目の前を通っただけで入る時間がなかったことがとても悔やまれる、あの代官山にあった??一目見ても建物自体からして「こだわって創りました!」って雰囲気バリバリ放ってた空間でしょそれを、未だ書籍の発売日が首都圏から遅れるのが当たり前という海を越えた北の大地、その中でも端っこの地方都市である函館に作る…にわかに信じがたい話だった。渋谷にお芝居を観に行くため急ぐ車窓から見た蔦谷書店は、街中なのにそこだけスッと抜けたような空間が目を引いたのを覚えている。白い外壁とガラスの大きな窓。外観が木立に囲まれているように見えたけれど、あれは巧妙な設計・施行の視覚効果だったのかもしれない。本や音楽だけじゃなくてカフェとかイベントスペース的な役割もあって、そこから文化発信しようというような、従来のTSUTAYAとは似て非なる店なのだと在京の友人が教えてくれた。いいなぁ、なんて大人向けの居心地良さそうな空間だろう、と羨ましく思ったけれど、きっとそれは代官山だから作られた唯一のブランドなのだろうなとも思った。だから企画がもう現実のものとして動いているというニュースは心底驚きだった。何よりも、同じコンセプトで地方展開を考えているという第1号店としてだという。日本にあまたある地方都市の中で、どうして函館に白羽の矢が立ったものかとものすごく興味引かれた。地元紙も取らず、夕方の地元ワイドショーもろくに観ないと地域情報に疎くていけないなぁと反省しつつ、ネットでも情報を拾ってみると、こんな本が出ていると知り早速読んでみた。

読んでみて、この本にはその答えがいくつもあった気がする。まず函館だった理由として、現実的な商売としての地の利。函館が程よく札幌という北の都心から距離があり競合店がないことも大きいようだ。住んでいた頃は利どころか難だと思っていた街としての孤立感が、こういう企画を呼び寄せるなんて驚き。
それから幕末の開港から北海道では古い歴史と誇りを持ち、独自の文化が開けた土地柄も魅力だったのだそう。たしかに函館の人は独特だ。外に出て初めて知ったけれど、この街には容易にフランチャイズが根付かない。代わりに個性的で小さい店や独自のチェーンが生まれたり、不思議な感覚を持っている住人。けれど人口は年々減少を続け、人が減ると例にもれず繁華街の活気も消え店自体が減っていく。古い映画館や味のある喫茶店や町の本屋が消え、パチンコのネオンばかり煌々と輝くが大人が遊ぶ場がない(ついでに小さな子供が屋内で冬でも遊べる場も少ない)。そんな地方都市が抱える問題のショーケースだからでもあるという。なるほど〜と少し納得しつつ、それだけで限られた人口の中での商売って成り立つかなぁ…道南一の収容スペースを誇る規模で開店するらしいけど…と不安を残しつつ読み進めると、今度は一人一人が向き合った「函館蔦谷書店の在り方」から熱いものがこみ上げてきた。
「蔦谷書店」とはどういう意気込みで創られたのか。
本書には函館蔦谷書店をプロポーザル方式(業務の委託先や建築物の設計者を選定する際、複数の会社に企画を提案してもらい、その中から優れた提案を行った者を選定すること)に参加した建築家たちが考えた、それぞれの蔦谷書店が惜しげなく紹介されている。企画の通った建築家の案だけが「正解」として紹介されるのではなく、まるで大人が本気で胸躍らせて遊ぶカタログのように頁をめくる楽しみがあった。建築専門誌のように「実現しなかった設計」図も載せられていて、どれもが「これもどこかで見てみたい!」と思わせる実に魅力的なものばかり。私は理屈や専門的なことは何もわからないけど建物をみるのが好きだからかもしれないけれど、施主側のコンセプトにそれぞれの設計者が共鳴した部分が「器」である作品の内外に表れていて、それを紐解いて眺めているだけでも何だかわけがわからないほど胸が躍った。
他にも地方都市だからこそ出来ることとして、今現在地方都市で活躍しているオケの指揮者や舞台監督などに話を聞いているのも興味深かった。大所帯ではないからこそ、地域色があるからこそ。それは理想論のような気もする。実際、地元の人すべてが外からやってくる新しいものに歓迎を示すわけでもないし、器を用意しただけでは根付くものはない。でも、あらゆる方法で、つながり方で、現実に今どこかの街が楽しそうに盛り上がっている話に触れると、すごくいいな、そうなりたいなと純粋に思ってしまう。若者もいい大人も行くとこがなくて退屈、だから都心に行きたい。そんな風に思わず、地元に素直な愛着とちょっとした誇りが持てたら。たかが本屋、ではない、本のタイトル「文化の樹を植える」という言葉からも強く感じる、未来へ向けた大人の「人生の楽しみ方」まで見通した企画。うまくいってほしいし、そう創ってほしいと心から願います。まだ詳細は未定(というか企画進行中?)のようだけど、本当に今まで市内ではなかなか手に入らなかったような雑誌や本が常時並び、新しい音楽も探しに行けて、気軽にお茶も出来たり、子供を遊ばせるついでにとファミリーが気兼ねなく行ける場もあって、もちろん大人は大人のスペースがあって、緑と風を感じる広さもあって、雪に閉ざされがちな冬は憩いや交流のスペースになる…そんな空間が出来るとしたら。故郷に帰省する楽しみが増えて、長居してしまうかも。

今週もお付き合い、そして拍手に感謝です☆      

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  • by ciel (しえる)

心の構え


家族が送ってくれた東京・千鳥ヶ淵の桜(上)と靖国神社の桜(下)
週末の関東は桜が満開。もう散りかけているとのこと。いつか全国の桜めぐりをしてみたいと思いながら、多忙な時期そして毎年同じというわけではない自然の前に、なかなか実現できない儚い夢twitterやTVで違う場所に住む方々の写真を見たりして楽しませてもらっています。水辺もいいけど山間もいいね^^
桜というのは日本人のDNAに何か刻み込まれたものがあるのでしょうか。人それぞれに特別な桜があるような気がします。


森川さんが先日ブログに書いていた草柳大蔵さんの本を読んでみた。書名は書いていなかったので、たぶん森川さんはビジネス系の方かな〜と思いつつ、自分が興味のあるものを選びました(笑)
「礼儀覚え書き」
おそらく父よりもご年配、いや祖父の世代の方が書かれているので、今現在まかり通っているマナーとか世間一般の作法からするとだいぶ厳格と言えそうですが…そこでふと「そもそも世間一般の作法ってなんだ!?」そう思い、周囲や環境のせいにして自分の教養のなさや気遣いの至らなさをいい年してのさばらせている自分が恥ずかしくなりました。
著者が経験したり見かけた日常の場面を例に見開き一頁で簡潔に書かれているのが読みやすく、飽きずに読めました。中には本当に時代の流れで今これは出来ないかなぁ(かえって浮く)と感じるものもありますが、よくよく読むほどに書かれていることはどれもこれも人として当たり前のことばかり。ただ、“気づいていても実践しがたいささいな差”こそが礼儀の正体である気がしました。
また、所作1つ1つも確かに大事なのだけど、それを行う理由、心の構え=人となりこそが大切なんだと自然背筋が伸びる内容でした。
時代によって常識も変わっていくでしょうけれど、こうした方が心地よく美しいということや、一見面倒なようで実はとても理にかなっていること。何となく、で済ませてきたことをしっかり覚えなおして接する相手も自分も気持ちよくいたいものだなと思いました。
けれども、言葉も心遣いも相手によっては全くの無になるものもありますね自分の気に入るやり方でないと受け付けず平気な顔をしているような、人の思いを汲み取れない相手もいるので、そこはもう「やってはいけないことの見本を教えてもらった」授業だと思うしか(笑)それでも、こちらは何ら変わらず接していると、ある日急に挨拶もろくにしないような相手が少しこちらの目を見て話すようになったりもするので、あくまでも相手にとって感じの良い態度というのは損をすることはないように私も感じています。どんなに心無い対応で返されたとしても、自分が積み重ねたことは消えません。大切にしたことは、自分がどうしたかに尽きると思うのです。というか、本当に人のことより日々自分のダメダメなところと格闘中でございます積み重ねを大切に…。

今日もお付き合いや拍手をありがとうございます
 
                            
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  • by ciel (しえる)

雪解けの音



関東以南ではもうコートがいらないほどのあたたかさだとか。
北の街で上着を脱げるのは5月を過ぎてからですが、気温がプラスになった途端、視界ごと心をを塞ぐようにそびえていた雪の山も日に日に嵩が減っていきます。
三寒四温の言葉通り、昼の陽射しで解けた雪が夜の冷え込みで凍って朝にはツルツルになり、また昼にはダムのような水たまりがあちこちに出来る…暮らしの上では厄介な季節でもあるのですが、数カ月ぶりで雪の下からのぞく土の色には春を感じて心が弾みます。
この季節は何かと風邪をひいたり、頭痛や特別な理由のない不調、心や身体の不安定さを覚えるひとも自分を含め少なくないよう。
花粉などもそうだと思うのですが、そういうかたちのない、もやもやとしたものの作用には、おそらくちゃんと理由があって、体調が悪化したというよりも状況の変化にいち早く気づいた身体がそれを受け入れよう、あるいは自ら浄化しようと奮闘している状態なのではないかと感じています。
この星の地面の上に根ざして生きている私たちは、引力や季節の移り変わりや月の満ち欠けなど、きっと自分でも思わぬほど多くのことに影響を受けて命を刻んでいるのだと思います。
すべてを覆い隠していた白い雪が消え、再び大地が目覚めるころ、私たちの身体の中でも何かが目覚め、その息吹があちこちに影響を及ぼすから不安定になるのかもしれません。その何ともいえな心許なさは、あまり歓迎したくない気分にはなりますが、凍てついたままグッと身体に力を入れて過ごしてきた時間の終わりを告げているのなら少しくらい気持ちも緩めて季節の狭間に漂ってもいいかな。

こんな明るいのに少しさびしいような季節には、やさしい歌が聴きたくなります。慰めるためとか、悲しみを癒すためではない、ただそこにある陽だまりに気づくようなやさしい歌が。
福耳のBESTアルバムの中で、耳から聴こえているはずなのに胸にすーっと沁み込むように入ってきたのが秦基博さんの「アイ」という歌でした。歌詞でも曲でもなく、まず響いたのはその歌声でした。
余計な音はいらなくて、メロディに込められた想いだけが鳴らしている楽器のような声だと思いました。鋼と硝子で出来た声、とのキャッチコピーなのだそうです。生きていくと、ついたくさんのことを望んで、よかれと思ってたくさんの装飾をつけてしまうけれど、それを削ぎ落して大事なことだけを残したら、こんな歌になるのでしょうか。
あたたかくて、意味もなく、ただずっと聴き続けてしまう歌です。

いつもお越しと拍手に感謝です
    
                      
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  • by ciel (しえる)

西荻夫婦

西荻窪…東京での冬休みに通ってたなぁ。覚えのある駅名と夫婦の物語らしい表紙に惹かれて、初めてやまだないとさんの作品を手にしました。都会暮らしの、でも少し長閑そうな街でまったりとした夫婦の話かという表紙のイメージを最初から覆されて驚きました。



朝が来て目が覚めて、同じ家で食事をしても、それぞれどこかへ出かけて、誰かと会って話したり、そこで感じたことや変わったことがあって、でもまた同じ家に帰ってきて、機械のように同期しきれずに、また眠る。それが、昨日と今日と明日とだけじゃなくて、ずっと続く。思えばなんて不思議なことだろう。
ミーちゃんとナイトーさんは休みのたびにお決まりのコースがあるようで、そこからどちらかが激しく飛び出すこともせず淡々と過ごす。倦怠のような安心、二人きりのさびしさ。
出口がないと思えば果てしない気もするし、他人であることを何かの拍子に思い出してしまえば夫婦はなんて不確かな線の上。
「恋愛じゃないからね」と、ミーちゃんは言う。
あなたにしか「許されない」ことが「あたりまえ」になっていく。
そんなこと意識もしていなかったけれど、夫婦でいるときの二人の顔や言葉はたぶん、他の誰も知らなくて誰とも違うんだ。恋する二人の特別な雰囲気だとか見られたら恥ずかしい場面じゃなくて、ただ一緒に時間を過ごしてきただけのはずなのに、いつのまに積み重ねている言葉にならないもの。二人の間に在るのは、愛という言葉が瞬間的に漂わせる甘さだけじゃない。



私はある時もう自分のことだけに自分を費やすのは限界なのではと感じて、小さいひとに来てもらった。だからミーちゃんとは全く違う立場なのだけど、「終りの感覚」がいつも自分のなかにあるという話はちょっとわかる気がする。
小さい頃、なぜか電車に乗る時は一番後ろに立って自分の町が遠ざかっていくのを見えなくなるまで眺めていないと気が済まない子供だった。なんの根拠もなく「この景色を見るのはこれが最後かもしれない」などと感傷的なことばかりいつも思っていて、それが自分でもなぜなのかわからなかった。
誕生日がくると判で押したように母が生まれた日の思い出話をするのが大嫌いで、笑顔で話す母を見ていたら悲しくなって、一度泣きだしたら止まらなくなって弟にドン引かれたこともある。
それが「いつかこの人たちは居なくなる」からだということを感じたのも子供のうちだったような気がする。あれは子供の終わりの予感だったのかな。ひょっとすると、その日から私は私だけの家族を探していたのかもしれないなぁ。なんて思い出したり。



自分一人でも生きていける気概でやっていた頃の自分を、木端微塵に打ち砕くために現れたような小さくて大きすぎる存在に振り回されるうち、いつのまにか私の中の終りの感覚は薄らいだ。
たぶん、そういう風にできているのだろう、としか言えない。
それでも小さなひとにすら小さな秘密は存在するし、誰かのこころのなかにある願望や空虚や飢餓感なんて、家族だって代われないものだ。それでも、手をつないだり、さみしいもかなしいも感じていくのが家族なのかもしれない。

ところでコーヒーって苦いのに、どうして飲みたくなるのか不思議じゃありませんでしたか?最初は付き合いで出されたら申し訳ないから渋々飲んでいたのに、初めての海外旅行先で突然それが美味しく感じるようになって以来、はまってしまいました。それまでが激マズの豆と粗雑な淹れ方のコーヒーだったからかもしれませんけど(笑)
いい香りで、ほろ苦くて、他に代わりようのない味で、飲み過ぎると胃もたれする。私はいつも一人でコーヒーを飲んでいる。

お付き合いと拍手、ありがとうございました
                         
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  • by ciel (しえる)

ポケットに好きな歌と新しい歌を口ずさんで歩こう



人によっては呆れると思うけれど、私は季節ごとにマグを替える。
中身の飲み物も寒くなるとココアやほうじ茶、暑い日は麦茶になるし、普段のコーヒーや紅茶のフレーバーだって気分で欲しいものが変わるように、ごく自然な気持ちで。



知らず知らず、お茶好き・雑貨好きが昂じて集まってきたマグたちは、好きなキャラクターで深く考えず選んだものから旅先でのお土産、色と柄に惹かれていくつか揃えたデザイナーもの、マニアックな復刻版、イヤーズマグ、フィンランドから買って来てもらったソーサー付きのとっておき、憧れの方のブログで見て一目惚れして探したり、スタバの季節モノまで、ブランドなどにこだわりはなにもない。


身の回りのものでも洋服でも、それが一番、心地いい。
そんな感覚を研ぎ澄ますことは、望みもしないのに流れ込んでくる情報の渦の中に沈み込んでしまうことなく自分を保つ、私なりの小さな儀式かもしれない。



自分の時間が少なくなっても変わらなかったものの1つに、好きな音楽を聴く時間がある。もともと私の「好きなもの」に流行廃りは関係なくて、気に入ったら何年も使う靴や鞄のようにずっとそばに置いて聴く。生きている人間が作っている以上どんな作品にも波があるので、好きなものでもその波から想いを勝手に感じすぎて受け止めきれなくなって少し離れることもあるけれど、もう「次にカラオケで歌う曲覚えなきゃ」みたいなこともない中年世代に入ると(笑)ヒットチャートのどの曲よりも自分が好きなアーティストの昔の曲を聴き返す方がしっくりくる。
そんな風に飽きもせず、何度も何度もこよなく愛する曲を聴いて満足し安心して自分が好きなものだけに囲まれていると、今度はふと、爆発的なまでに「知らない音楽に触れたい…!」という願望が生まれてくる。
それは数か月聴き倒していた作品を自分なりに咀嚼し、あるいは歌や人に勝手に重ねあわせて共有してかなりの時間が過ぎたことを意味する。だから私は棚のCDの並びを変えるときに、あぁ季節が変わったんだな、なんて気づいたりする。

スガさんのベストアルバムが出て聴いていたら止まらなくなって、勢い福耳の懐かしい曲が聴きたくなった。
ベストアルバムにはいつも賛否両論あるものだけれど、福耳のように多数のアーティストが入れ替わり参加するユニットの場合はそこから新たに好みの音楽に出逢えていいなと思った。名前だけは知っていたけど、それまで一度も認識して聴いていなかったアーティストの1曲がふいに胸深く飛び込んで広がったり、しばらく聴いていなかった特別な曲にやっぱり胸いっぱいになって思い出が溢れ出したり、この頃の私は忙しい。
どんなときも揺らがない「誰かがくれたお守り」みたいにポケットにあるだけで勇気をくれる歌と、見えていたはずなのに気づきもしなかった景色を見せてくれる新しい風が吹くような歌。
春は旅立ちや区切りの季節で、そんな節目とは関係のない暮らしをしていても、何かを自分の中で静かに決意したり、一歩先へ踏み出そうと動き出してしまう「気」のようなものが飛び交っているのかもしれない。
知らない道の心細さに寄り添ってくれる歌が今日もあるから、昨日と違う明日へ続いていくんだと思えた。もう疲れたよとぼやきながら、途方もない道のりを歩けるんだと思った。

拍手から一言など日々ありがとうございます。励まされてます
メッセージのお返事は続きに書かせていただきました
                         
                          

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格式と甘い誘惑

エドヴィン・マルトン,ダニエル・センゲリー,アンドレア・ツリー,パールズ・オブ・クラシックス・チェンバー・オーケストラ
BMG JAPAN
(2006-06-21)

相変わらずしんしんと降り積もっていく雪に閉ざされ、眠い日々ではありますが、晴れた日は活動的になりますお前はクマかと言われますが、人間の身体に光が与える影響は想像以上に深いものでつ
そんなわけで仕事のない昼間は本やCD/DVDなどを溜め込んだ書棚の整理をしているのですが、本人もしまいっぱなしで忘れていたものが次々と出てきます。作業のために、発掘した音楽を聴いていると、また胸の中に新鮮な息吹が宿ったりして。溝口肇さんのチェロを手始めに、自分の中で弦楽器ブームが再来しましたさらに思い出して探すと…あったあった!エドウィン・マルトン
彼を知ったのは2006年トリノ五輪フィギュアスケートのエキシビジョン、その氷上でした。誰もが認めざるを得ない圧倒的な実力と演技、その風格をもって「王者」プルシェンコが空前絶後の「帝王」になった瞬間とも言えそうな歴史的な五輪だった気がします。まさに同じ場所で生演奏をしていたバイオリニストが彼。当時の映像があったので参考までに。すごい、としか言えない時間の濃さ。



トスカは最初は緩やかな哀愁を帯びたメロディですが、とにかく楽器のことなどサッパリわからないずぶの素人の私が聴いても耳を離れない美しく強く残る音色に、プログラムが進むにつれて高まっていくプルシェンコの完璧としかいいようのない演技を情感溢れる音で支えた力量。目で見る芸術と耳で触れる芸術に圧倒され、魅せられました。
たしかこの五輪で彼はマドンナの「Hung up!」も演奏していたはずなんですよね…(曖昧な記憶)。それがとても熱くて、楽しくて、クラシック以外の曲も弾くんだーキャーもっと聴きたい!!ってなってCDを探したんです。ハンガリー出身で主にヨーロッパで活躍しているらしい彼のアルバムは、当時上記の1枚だけ、それも輸入盤をamazonくらいしか扱っておらず在庫1とかだったので即決でした。今日見てみたら、この後も日本ではアルバムが1枚しか出ていないんですねクラシックとポップスやロックの組み合わせ、バイオリンだけでなくいろんな音が入ってくるなんというか派手な(? 笑)ジャンルを越えた音楽はクロスオーバーというそうですが、フィギュアスケートを見ていると自然とそういう音楽に慣れ親しんでいることに
イケメンピアニストでクロアチア出身のマキシムさんなんかは日本で何枚もアルバム出てるし、北海道までライブに来たのにな〜。←行った人 日本の音楽メーカーはイケメン以外売れないと踏んでるのか!そりゃまぁ売り出しやすいだろうけど、音はもっと直感的に聴いて惹かれるものですけどね
全く楽器に触れたことない私にはどう表現していいのかわからないけれど、一口に弦楽器の音が好きだと言っても面白いくらい演奏する人というか音色の好みってあって、理屈ではないんですね。琴線というのは。レビューを読んでみたら「悪魔的なまでに」と表現している方がいて、そうだな魅了されるっていうことは魂を持って行かれるわけだから抗えなさという意味ではまさに悪魔的(笑)端正に、乾いていて、どこかに哀愁が潜んでいて、甘く鼓膜に響く弦の音が好きです。
全然関係ないですが今日のタイトルを「すいーとなでびる」って英語にしようと思ったら有名ぼかろさんの曲にあるらしいのでやめました(笑)そっちも全く知らない世界。音楽も様々〜。

拍手の置き土産をいつもありがとうございます
                          
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